東京湾口(わんこう)を眼下に望む神奈川県・三浦半島先端部にある松輪の丘陵地帯を、雲水の一団が一列になり風のように歩いてゆく。網代笠(あじろがさ)を深々とかぶり、濃紺の衣に身を包み、首から「建長僧堂」と書かれた看板袋(かんばんぶくろ)を下げ、脚絆(きゃはん)にわらじで足元を固めた姿は、ダイコンやキャベツの植えられた田園風景にはなじまない。
しかし、畑で農作業をする人々は気にするようでもなく、雲水たちを当たり前のように受け入れている。毎年1月に鎌倉市の建長寺の修行僧たちが、この地域で生産されるダイコンを托鉢(たくはつ)して回ることを知っているからだ。この「大根鉢(だいこんはつ)」で、1年間僧堂で必要なダイコンを集めることができるという。
鎌倉五山第1位の寺格を持つ臨済宗寺院の建長寺では、いつ訪れても多くの参拝者が境内を散策している姿を見るものの、お坊さんの姿を見ることはほとんどない。現在16人の修行僧が僧堂といわれる道場で厳しい修行をしているが、道場は隔絶され、一般の人々の目に触れることはないからだ。
唯一修行僧の姿を目撃できるのは、托鉢のため外に出てくるときしかない。今回は特別に許可を受け、大根鉢にまわる雲水たちの姿を追った。
(写真・文:写真報道局 渡辺照明/SANKEI EXPRESS)
三浦市松輪はかつて三浦大根の産地だったが、現在は青首大根にとって代わられた。しかし、地域の人々の雲水を支える土壌は変わらない。
丘陵地帯に点在する農家を一軒一軒、雲水たちは地図を頼りに駆けるようにしてまわる。起伏が多く、入り組んだ見知らぬ土地で迷うこともしばしばだ。
「建長寺僧堂から参りました」と農家の軒先で雲水が叫ぶ。網代笠(あじろがさ)を深くかぶっているため表情はうかがえない。手を合わせ、「しゅじょうむへんせいがんど(衆生無辺誓願度)…」と仏がたてた4つの誓いの四弘誓願(しぐせいがん)を唱える。読経を終えると、戸口まで出てきた家人に一礼しながら般若札(はんにゃふだ)を手渡す。建長寺が元旦に行った大般若会で今年一年を無事に過ごせるように祈願したお札だ。引き換えに大根を受け取る。
修行僧たちの生活はすべてが修行で、食事も例外ではない。肉や魚を食べることができないため、野菜は欠かせない食材だ。中でもダイコンは保存のきく沢庵漬や、切り干し大根にする重要な存在となっている。
今回の大根鉢(だいこんはつ)は三浦にある臨済宗建長寺派の3つの寺をベースに行われ、取材でお世話になった松輪の福泉寺に集められた大根は約500本にのぼった。大根はその日のうちに2本ずつ束ねられ、福泉寺境内に干された。その後、建長寺に送られ、沢庵漬にされたという。
禅宗の修行僧を雲水というのは、空の雲や流れる水のように、ひとつの所にとどまらず、修行の場を求めてさまようことからつけられたとされる。修行生活に必要な大根を求め、ひたむきに歩く姿とそれを支える農家の人々の結びつきに修行とは何かを考えさせられた。
大根鉢の雲水を手伝った福泉寺の境内には見事なロウバイが咲いていた

































