文楽の華は〝女方〟の人形。
あでやかに、華やかに、色っぽく、ときに凜と、そのまろやかな白い顔と優美な身のこなしは、さまざまな感情を伝えてくれる。
4月、大阪・国立文楽劇場の文楽公演では、そんな女方の人形たちが活躍する演目が揃っている。
なかでも「祇園祭礼信仰記」の雪姫は、お姫様役の大役。「本朝廿四孝」の八重垣姫、「鎌倉三代記」の時姫と並んで、「三姫」と呼ばれるほどのヒロインだ。
雪姫は絵師、雪舟の孫娘。天下を狙う松永大膳に金閣寺にとらえられ、自分の意に添うよう脅されている。しかし愛する夫がいる雪姫は大膳に従わない。怒った大膳が雪姫を桜の木に縄で縛り付けると、雪姫は祖父の故事を思い出す。
〈『我も血筋を受け継いで、筆は先祖に劣るとも、一念力は劣らじ』と足にて花を掻き寄せ掻き寄せ掻き集め、筆はなくとも爪先を筆の代はり…〉
浄瑠璃に描かれた雪姫の奇跡。黄金色に輝く金閣寺に桜の花びらがはらはらと舞い散り、豪華な赤い振袖姿の雪姫が縛られた不自由な身をよじりながら、足の爪先で桜の花びらを寄せ集め、鼠を描く。と、奇跡が起きる。花びらの絵の鼠が動き出し、縄を食いちぎって雪姫を助けるのである。
夫への愛情と雪舟の孫という誇り。それこそが何物にも代え難い雪姫のアイデンティティーであり、だからこそ絶体絶命の窮地に、祖父と同じ奇跡を起こすことができたのであろう。
色彩美にあふれた文楽屈指の名場面。ここには女方の人形の美の極致がある。
しかし、雪姫を遣うのは至難のわざという。両手を縛られているため、主遣いはその場面では片手だけでバランスを取りながら人形を動かさねばならないからだ。
雪姫を遣っているのは豊松清十郎。「一途さのなかに、かわいらしさと激しさを秘めた女性。美しい姿を意識して勤めたい」
同性の羨望を呼び、嫉妬させてしまうほどに優美なお姫様たち。しかし彼女たちの情熱や芯の強さは、時を超え、現代のわたしたちに何かを教えてくれているようだ。
写真 頼光 和弘
文 亀岡 典子
【三姫】 「さんひめ」と読みます。文楽の作品に登場するお姫様のなかで、3つの大役を言います。まずは、今月、大阪・国立文楽劇場で上演されている「祇園祭礼信仰記」の雪姫、それから「本朝廿四孝」の八重垣姫、「鎌倉三代記」の時姫です。雪姫は絵師・雪舟の孫娘、八重垣姫は長尾謙信の息女、時姫は北条時政の息女と、いずれも身分が高いお姫様。赤い豪華な振り袖を着ているのも特徴です。もうひとつの特徴は、3人とも情熱的な愛情をもっていて、自分の意志を貫くこと。雪姫は時の権力者に背き、八重垣姫と時姫は恋のためなら親を裏切ることも厭わない。そんな激しいお姫様たちです。ちなみに「三姫」という言葉はもともとは歌舞伎で使われていましたが、現在では文楽でも使われているようです。

































