文楽に逢う 【曾根崎心中】

 「どうで徳様、一緒に死ぬる。徳様、私も一緒に死ぬるぞや」

 縁の下にしのばせた徳兵衛に、白い足を差し出して心中の覚悟を問うお初。19歳の遊女の真実がほとばしる。

「曾根崎心中」(天満屋の段)互いの気持ちを確かめ合い心中を決めた徳兵衛とお初。人形遣い、徳兵衛・桐竹勘十郎、お初・吉田簑助=写真はすべて夏休み文楽特別公演の舞台稽古で、大阪・国立文楽劇場

 大阪・国立文楽劇場で上演された近松門左衛門の名作「曾根崎心中」。人間国宝、吉田簑助が遣うお初と、一番弟子、桐竹勘十郎の徳兵衛は、恋人同士の吐息が熱くからみ合うほどの官能美で満員の観客にため息をつかせた。

(天満屋の段)  深夜、白無垢に着替えたお初の手を取り、死に場所へと急ぐ 徳兵衛。悲しさを漂わせ官能的に舞う二人のしぐさに息を呑んだ。

 「お初は男から見て、とても愛しい女性です」。簑助はお初の顔をやさしげに見つめた。「遊女という立場にありながら男を守ってやりたいと思う強さ。白無垢に込めた、揺らぎのないまっすぐな心を感じていただきたいと思った」

(天神森の段)  死出の旅路に向かう途中で立ち止まるお初。両親のことを心残りに思いながらも、愛する男と死をもって添い遂げようとする強い決意を持ったお初の姿は、究極の女性美のように思えた。

 「曾根崎心中」は江戸・元禄16(1703)年、曾根崎新地の露天神で、醤油屋の手代、徳兵衛と天満屋の遊女、お初が心中した事件をもとに近松が書き下ろし、同年5月、大坂・竹本座で初演。当時、同座は莫大な借金を全部返せるほど大当りをとったという。

(天満屋の段)  長年にわたり名作「曾根崎心中」でお初の人形を遣ってきた人間国宝の吉田簑助(中央)。今公演のお初は「集大成という位置づけで演じたい」と舞台に臨んだ。

 その後、長らく上演が途絶えたが、歌舞伎で昭和28年に復活初演、次に文楽でも30年に復活。悪友の九平次に裏切られたことから心中に向かう徳兵衛とお初の恋に殉じる心情が、300年の時を超え、現代のわたしたちの心にまっすぐに入ってくる。

(天満屋の段)  打ちひしがれた徳兵衛を着物の内に隠し天満屋に招き入れるお初。

 簑助が本公演で初めてお初を遣ったのは30代半ばだった。以来、お初を遣い続け、平成18年に亡くなった吉田玉男の徳兵衛とは長く名コンビと謳われ、人々を魅了した。

 簑助のお初には、得も言えぬ色香と生身の女の思いが息づいている。「生玉社前の段」で久々に会った徳兵衛に走り寄ったときの胸の鼓動、「天満屋の段」で徳兵衛と心中する覚悟を誓い合ったときの喜び、そして「天神森の段」で、徳兵衛に「早う殺して」と迫ったときの「覚悟の顔の美しさ」…。

(生玉社前の段)  久しぶりに会った喜びをかみしめ寄り添う徳兵衛とお初。

 そのひとつひとつこそが、近松が「未来成仏疑いなき恋の手本となりにけり」と書いた至高の恋を見せてくれるものなのである。

  写真 頼光 和弘

   文 亀岡 典子

(天神森の段)  死の覚悟を持った白無垢姿のお初は、妖しいまでの美しさを見せる。

 【心中物】 

 人形浄瑠璃や歌舞伎で、男女が一緒に死ぬ心中を題材とした作品。元禄16(1703)年、近松門左衛門が実際の心中事件を題材に人形浄瑠璃に書き下ろした「曾根崎心中」の大ヒットを皮切りに、「心中宵庚申」「心中天網島」など次々と心中物が作られ、世間の共感を呼んだ。しかし芝居の心中物に影響を受けた人々の間で心中が流行したため、江戸幕府は享保7(1722)年、心中物の上演や脚本の執筆などを禁止すると同時に、心中をはかった男女を厳しく罰する「心中禁止令」を発した。

(天満屋の段) 縁の下に隠れる徳兵衛と心中の覚悟を誓い合うお初。

頼光 和弘

頼光 和弘

 事件や事故に災害現場などの緊迫した現場取材が多い無骨者。最近、古典芸能「文楽」の魅力にとりつかれたが「似合わない」との周囲の声も…。チャームポイントはウエスト104センチのビール腹。

PR
産経フォトウオークおよびフォト講座 2014年開催予定
パノラマで見る被災地の復興
PR

このサイトについて

MSN産経フォトとは

MSN産経フォトとは

日本での出来事や世界情勢をカメラに収めて、集めました。

ユーザー投稿写真とは

ユーザー投稿写真とは

写真報道の新しい試み。ぜひあなたも投稿してください。

写真販売サービス

産経ビジュアルサービス

産経ビジュアルサービス

掲載写真の使用・販売のお問合せはこちらから!

Copyright 2014 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。