深い山あいに涼しげな音が響く。音に誘われて谷を降りていくと、ひんやりとした冷気に包まれた。あまりの清々しさに思わず、何度も深呼吸をしてしまった。
熊本県小国町を流れる蓬莱川。
音と冷気は、その中流域で構えるような姿を見せる「鍋ヶ滝」が発していた。
鍋から水が溢れるような姿から、名付けられたこの滝は、豪快な流れを裏側から見ることができる、裏見の滝としても知られている。
落差10メートル、幅が20メートル、横から見ると岩が反り返った独特な形状は、9万年前に起きた、阿蘇山の大噴火による溶岩流と、その後の水流が作り出した。
「町内でも鍋ヶ滝を知らん人は多かったとです。実は自分もその一人でした」。そう話すのは、小国町役場の笹原正大さん。9つもの滝がある町内で、鍋ヶ滝は近くに暮らす集落の人たちが、ひっそりと大切にしてきた一つの滝だった。
近年あるテレビCMに取り上げられたことがきっかけで、今や全国から多くの人が訪れるようになったというが、江戸時代に、この地域を所領としていた細川家が絵師に鍋ヶ滝を描かせていることから、実は古くから多くの人を魅了してきたのかもしれない。
晴天の日には、木々の間から差し込む光芒が、弾ける水しぶきを、優美な紗のように浮かび上がらせる。
取材日程の後半、数日にわたって九州地方を豪雨が襲い、滝は険しい姿に豹変していった。流れは激しさを増し、訪れた人を寄せ付けない。
美しさは、厳しさの下でしか成り立たない。肌身で痛感し、犠牲となった人たちのことを思わずにはいられなかった。
同じ姿は二度と見せないから、「一期一会の滝」だと、その滝の様子を頻繁に観察しているという初老の男性が教えてくれた。
写真報道局 大塚聡彦
彦野公太朗

































