【越智隆治】マナティ撮影での、ちょっと迷惑な話

沖縄では、ジュゴンの生息が確認されている。ジュゴンとは、海牛(かいぎゅう)類に属する海洋哺乳類で、結構世界中に分布している。昔は、伝説の人魚に間違われたこともあるという生き物だ。

まるで内緒話でもしているかのような母子のマナティ

海牛類は、イルカやクジラ、アシカやアザラシなどの海洋哺乳類と違って、完全な草食系の生き物。海底に生息しているアマモなどの海草を食べて生活しているとても穏やかな生物。

日本では唯一、三重県の鳥羽水族館でその愛くるしい姿を見ることができる。しかし、野生のジュゴンは、なかなか近くまで接近することができない、シャイな生き物。過去に西オーストラリアのシャークベイや、インドネシアのメナドなどで水中撮影に成功したことはあるが、基本的に、「写ってる」だけで、作品としての写真の撮影には至っていない。最近バヌアツの観光業関係者から、「バヌアツでジュゴンと泳げる」という情報を聞きつけたので、近々にリサーチに行ってみようと考えている。

パラオやニューカレドニアでも目撃したことはあるが、これは両方とも船上からのチラ見で終わった。

この海牛類、ジュゴンは世界中の比較的暖かい海に生息しているが、他にマナティと呼ばれる同種の生き物がいて、フロリダ半島に分布するフロリダマナティ(Trichechus manatus manatus)、中南米に生息するアンティルマナティ(Trichechus manatus latirostris)、アマゾン川に生息するアマゾンマナティ(Trichechus inunguis)、アフリカ西部に生息する、アフリカマナティ(Trichechus senegalensis)がいる。

自分が良く撮影に訪れる、日本でもおなじみのマナティはフロリダマナティ。ジュゴンと違って、しゃもじのような形をした尾が特徴的。かつジュゴンよりもずんぐりした印象がある。このマナティも航海時代には、人魚に間違われたと言われているが、正直この生き物を女性に間違えていた船乗りは、よっぽど、性欲に飢えていたとしか考えられない。

マナティなど海牛類は、前足が変化した胸びれの付け根に母乳を出すおっぱいがあり、子供を抱えるように授乳する。そのシーンが人魚に間違われた理由だとする説もある

温厚で逃げることをしない性格で、昔は「子牛の肉に似ている」味のおかげで乱獲されていた時代もあるそうだ。今では保護の甲斐があって、5000頭の個体が確認されるようになった。

しかし、その穏やかな性格故、発見から27年という短い期間で絶滅してしまった種もいる。それが、ベーリング海峡に生息していたとされるステラ海牛だ。体調は8mにもなるこの巨大で温厚な生物も、船乗りたちの貴重な食糧源として、利用され絶滅した。

フロリダが冬の時期、フロリダマナティたちは、水温の下がる海から、地下水が湧き出る吃水域の泉に群れて集まってくる。これは、冬の時期、海水温が17度くらいまで下がるのに対して、地下水の湧き水は1年を通じて22度の水温を保っているため、暖を取るために集まって来る。

外気温に比べて、水温が高いために、早朝には水面に写真のような湯気が立ち、とても幻想的

このマナティたちと会えることで有名なのが、フロリダ西海岸の町、クリスタルリバーという町。この町を流れる川の名前だ。住宅街に挟まれた狭い水路の奥にスリーシスターズと呼ばれる湧き水の吹き出る美しいエリアがある。そこだけがまるで別世界のように神秘的なたたずまいを見せていた。多くのカメラマンがここでマナティを撮影して作品として発表している。フロリダの多くの場所で、マナティと泳ぐ事が規制されている中で、野生のマナティを水中に入って撮影ができる数少ない場所でもある。

マナティは、人間に身体を掻いてもらうのが大好きだ

しかし、2010年11月、私有地だったこのエリアが、フロリダ州とクリスタルリバーの町に買い上げられて、保護区として規制の強化を始めた。まったく泳げないというわけでは無いのだけど、潜ってはいけないとか、追いかけてはいけない,両手で捕まえてはいけないなどのルールが追加された。周囲の雑草は刈り取られ、視界が開けて殺風景になった。常にマナティスイムを監視する担当者が陸上から見張っていて、少しでもルールを破ると、毎回呼ばれて厳重注意を受けた。

私有地が州と市に買い取られ、規制が厳しくなったスリーシスターズ

2011年のシーズンに10数人のゲストと一緒に訪れたのだけど、そのメンバーの誰かが、ちょっとルールを破る度に、その監視官がルールを破った本人と一緒に、私が陸上に上げられて、直立不動の状態でお説教をくらった。

それも、何故か同じ監視官のときに注意されることが多く、いつの間にか、私はその監視官と仲良くなってしまい、誰かが、ちょっとマナティを追いかけているのを確認すると、「ちょっと行って注意してきてくれ」と頼まれるハメに。おまけに、日本人っぽい人が呼ばれる度に、「お前も来て説明してくれ」といちいち陸に上げられて、一緒に説教を受けるので、「この人は僕のグループではないんですけど」と遠慮がちに説明しても、「同じ日本人だろ」と笑顔で言われるものだから、「まあ、そうですけど」と答えるしかなかった。

以前はこのように、潜って撮影ができたが、今では潜って撮影することは禁じられてしまった

自分が悪いことしてないのに、日本人が捕まって説教受けるのに付き合っていると、何だか自分が悪いことをしてるみたいで、気がめいるだけでなく、せっかくの撮影のチャンスを奪われて、なんだか叱られ損って感じだった。

保護が進み、個体数が増えてきてはいるものの、今でも多くのマナティがボートのプロペラで身体を切断される被害が多く見られる。のんびりもののマナティなので、どんなに注意していても、ボートにぶつかってくることもある。

プロペラに尾びれを切断されてしまったマナティ

マナティの保護エリアには、「MANATEE ZONE NO WAKE 」の看板が立っていて、注意を促してはいるが、それでも事故は絶えない。生息環境が人間の居住地と隣接していることから起きる弊害は、ボートがプロペラを機動力として動いている限りは、おそらく無くなる事は無いのだろう。

クリスタルリバーの町中には、マナティの銅像や絵画を沢山目にする。中でもこの絵画は、「マナティを守ろう」というスローガンが目についた

越智隆治(Ochi Takaji)

越智隆治(Ochi Takaji)

産経新聞写真報道局を経て、1998年フリーの水中写真家に。世界中の海で、海洋ほ乳類など大型の生物を中心に撮影を行っている。著書多数。Underwater web magazine WEB-LUE(http://www.web-lue.com)主宰。個人のHP、INTO THE BLUE(http://takaji-ochi.com)では、イルカ、クジラ、アシカなどの撮影旅行も開催している。

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